1262012年のまとめと2013年の目標

 

7月にグループ会社(地図制作販売会社)へ転勤となり、浅草雷門に職場が変わる。屋上からはスカイツリーが間近に見えて、周辺は観光客の多い浅草寺、仲見世がある観光地のど真ん中。

 

次女(高3)の進学も秋には決まり、来春からは一人住まいとなるアパートを妻と毎月探し出かけている。

 

ジョギングライフでは、関東周辺の街道をめぐり、姫街道(東海道脇街道)、高野街道、熊野古道(小辺路)、奥州街道など街道めぐりの1年であった。

仕事柄、地図の神様伊能忠敬のゆかりの地も訪れた。

 

○印象に残ったジョグ

1.浜街道、野猿街道(1月)

  毎年恒例の年はじめの行事、山手線一周38Kmを走る。

浜街道(絹の道)は、八王子の甲州街道から、町田市内をとおり、横浜の保土ヶ谷にぬける街道。

野猿街道は、多摩川の四谷大橋南詰め付近で川崎街道から分岐し、

南多摩の平地部を 大栗川につかず離れず南西方向に伸び、由木から多摩丘陵の野猿峠を越えて

八王子 へ抜ける街道。


2.姫街道(東海道脇街道) 、青梅街道(2月)

 姫街道は、東海道見附宿静岡県磐田市)と御油宿知県豊川市)を結ぶ東海道の脇街道

青梅街道は慶長11年(1606)江戸城の大改修に当たって青梅付近の成木、小曽木村などから

江戸城修理に必要な石灰を搬送するため開かれた道で、別名成木街道との石灰(いしばい)街道とも呼ばれた。

 

3.五日市街道、日光北街道、水戸街道 (3月)

 五日市街道は、江戸時代初期、伊奈道と呼ばれ、秋川谷で焼かれた炭荷を江戸へ

運ぶ道として利用されていた。

その後、五日市道、青梅街道脇道、江戸道、小金井桜道、砂川道などいろいろ呼ばれ、

農産物の運搬や小金井桜の花見など広く生活に結びついていた。

明治以降、五日市街道といわれるようになった。

日光北街道は、日光山参詣道として開削され、東照宮参拝道、物資輸送路

また奥州諸大名の東照宮巡拝に利用された。

水戸街道は、江戸時代にの五街道に準ずる脇街道の一つ。

江戸千住宿(北千住)と水戸藩の城下町である水戸をつないでいる。

水戸側では江戸街道と呼ばれた。 

 

4.高野街道、熊野古道(小辺路)(4月〜5月)

 4日間で京都府八幡市の高野街道の出発点から高野山を抜けて、熊野古道の難所小辺路を進み、

熊野本宮を目指した。やはり、古道の雰囲気は他の街道を圧倒していた。


5.京街道(6月)

 日本橋から東海道の京都の三条大橋まで走破したものの、熊野古道の出発点の大阪天満橋へは走っていない。

この区間の京街道を楽しむことにした。

 

6.中国南京市内(8月)

 八度目の海外出張時のジョグ。中国南京市にある工場へ視察に出かける。

初日の朝は前日の宴会で飲み過ぎで朝までダウン。最終日の朝、宿泊先のホテル敷地内を朝ジョグ(5Km

 

7.中山道裏街道(8月)

  山道の裏街道として、信濃追分から下仁田に下り、富岡、藤岡を経て本庄までのルートを走る。

5月の連休と8月夏休みの2回に分けて走破。7月に転勤となり会社も変わったことから、

2回目は8月までずれ込んでしまった。

 

8.佐倉街道、成田街道、多古街道(10月)

 7月に地図会社へ転勤となったことから、地図の神様伊能忠敬について勉強を始めた。週末のジョグで都内にあるゆかりの地である、深川黒江町の旧宅、東上野源空寺のお墓、浅草橋の天文台跡などをめぐった。

佐原までの道のりは本来は運河伝いが中心であるが、陸路の亀戸から佐倉、多古を経由して佐原(現在の香取市)につながる、

佐倉街道、成田街道、多古街道をめぐる。

 

9.奥州街道(仙台〜水沢)(11月)

 出張で盛岡へ行くことになったので、週末に移動を兼ねて、仙台から盛岡方面へ奥州街道を走ることにした。

20155月に宇都宮から仙台までの奥州街道、仙台道を走ってから丸2年ぶりの東北方面のジャニーランとなる。

 

10.本社駅伝大会(11月)

 毎年恒例の荒川河川敷で駅伝大会。新しい職場のメンバーと関連会社のメンバーからなる5チームが参加。

 

○今年の目標

今年も街道巡りが中心となるが、そろそろ四国1周もしてみたい。

・街道等ジャーニーラン候補

@   京街道の残り (京都墨染〜浜大津)

A   奥州街道(水沢〜盛岡以北)

B   四国八十八箇所めぐり1000Km

 

さて、今年も健康第一で、元日から今年もしっかり走りこもう!