124.佐倉街道、成田街道、多古街道

 

伊能忠敬の歩いた道を尋ねて、都内をはじめ、郷里の佐原までの道のりを走る。

 

2012年の街道めぐり、第9弾です。

20127月に地図会社へ転勤となったことから、地図の神様伊能忠敬について勉強を始めた。

井上ひさし著(初版1993年)の「4千万歩の男」全5巻を読み始めている。

また、佐原の伊能忠敬の記念館を見学すると、2018年にNHK大河ドラマで放映との案内があった。

週末のジョグで都内にあるゆかりの地である、深川黒江町の旧宅、東上野源空寺のお墓、浅草橋の天文台跡などをめぐった。

今回は、佐原までの街道を走ることにした。

本来は運河伝いが中心であるが、陸路の亀戸から佐倉、多古を経由して佐原(現在の香取市)につながる、

佐倉街道、成田街道、多古街道をめぐる。

 

1. 都内のゆかりの地をめぐる

(1) 伊能忠敬の墓 高橋至時の墓(源空寺 台東区東上野619

伊能忠敬の墓

高橋至時の墓

(2) 天文台跡 (台東区浅草橋3-25

(3) 伊能忠敬の銅像 富岡八幡宮 江東区富岡1-20

(4) 伊能忠敬住居跡 江東区門前仲町1-17

(5) 地図御用所跡 中央区日本橋茅場町2-12

(6) 忠敬最終測量地 中央区八丁堀交差点付近

(7) 伊能忠敬測地遺功表 芝丸山古墳 港区芝公園4-8

 

2. 亀有〜勝田台(106日 34Km 9101420

午前9時前に亀有駅に到着。天気は晴、絶好の秋晴れ。水戸街道との合流地点の亀有の中川橋が起点となる。

新宿の西念寺を見て、高砂、柴又を通過して、明治に作られた水路沿いに走る。

江戸川に出たところに、親水公園の脇に慈恩寺の道標がある。

真光院の前に地蔵、更にその先の地蔵を見ながら、北小岩の御番所関所跡につく。

あたりには、慈恩寺道石造道標、北野神社、寶林寺がある。

市川橋を渡ると千葉県にはいり、上流側の土手に市川関所跡がある。

ここからは、国道14号線沿いにしばらく続く。

市川駅の先には、青面金剛の道標がある。本八幡からは、以前に走った東金市まで続く御成街道と重なる。

平将門に由来のある、不知森神社、不知八幡森(八幡の藪知らず)を見て、境橋を越える。

10Km過ぎの本中山1丁目のバス停近くに庚申塔を発見(1107)。

ここまでは、暑さのせいか、かなりゆったりペースで進む。

西船橋を過ぎると、大覚院(あかもん寺)、入日神社があり、念仏堂では、元禄7年の道標

と戊辰戦争で亡くなった福岡藩小室彌四朗の墓がある。その先には地蔵院もある。

船橋駅周辺では、日枝神社、西向地蔵堂、専修寺、浄勝寺、不動院前の大仏追善供養がある。

15Kmをすぎて、12時前となったのでコンビニで昼食をとる。

気温も上がってきており(気温28度)、背中は汗でびっしょりだ。少々熱中症気味で体調がすぐれずふらつく。

街道に戻り、船橋地名発祥の地である海老川橋をわたり、船橋大神宮でお参りし、境内にある灯明台を見る。

了源寺では大砲の射撃場の跡である鐘楼堂跡を見る。ここからしばらく進んで、船橋高校の脇に地蔵がある。

空腹感と疲労感が出てきたので、ラーメン屋に入ろうとしたが、混んでいるので断念。

近くのコンビニで簡単な昼食をとる。

この先には、地蔵堂、成田街道入口道標があり、

御成街道と分岐して、成田道を進む。ここからは、今回初めてのルートとなる。

JR軌道越しの手前に庚申塔がある。新京成線前原駅の先で20Km地点(1250)。

その先に、御嶽神社があり、趣のある境内は当時の雰囲気が残っているかのようだ。

小雨が降り始めた。雨具の用意がないのでこの先少々心配。

しばらく進み八千代市に入り八幡神社、石塔群を見る。

市役所近くには日蓮宗天受山長妙寺、言宗豊山派圓光院、時平神社(大和田)がある。

大和橋を渡ると、皇産霊神社、八坂神社がある。

佐倉市まで行きたかったのだが、空模様も怪しく、更にいつになく疲労感(久々の軽い熱中症)があるので、

無理せず今日はここまで。勝田台で終了。(34Km地点 1410

3. 勝田台〜酒々井(107日 22Km 12101520

昨日に引き続き、佐原までの中間地点である酒々井をめざす。

体調はあまりよくないのだが、昨日よりは気温が低く(19度)、酒々井まで20Km程なので、

無理しないことに心がけて決行することにした。愛馬MRワゴンで勝田台駅まで向かう。

昼過ぎに勝田台駅を出発(1215)。小雨が降っているので、ビニール傘をさしながらゆっくり走る。

はたから見ると、どうみても変なおじさんだ。

昼食をまだとっていないので、ユーカリが丘駅の手前のラーメン屋でエネルギー補給。

店を出るときには雨は上がっていた。

昨日と打って変わって涼しいので、走りやすい。

臼井宿に入ると臼井宿丁字路道標を確認し

旧制明倫中学跡の実蔵院、妙覚寺にある雷電右衛門の碑を見る。

臼井町道路元標のある国道296号線を進み、35Km地点(1320)の三叉路道標、

と光勝寺を見る。

その先には、江原刑場跡がある。

鹿島川の手前の八幡神社が小高い丘の上にあり、前方には佐倉城を望むことができる。

田町門跡から愛宕坂を上り、城内に入る。

佐倉連隊跡、佐倉城址、堀田正睦の像、タウンゼント・ハリスの像を見て、城外に出る。

重願寺、麻賀多神社を立ち寄り、佐倉宿に入る。高札場跡を過ぎて、しばらく行くと佐倉順天堂がある。

酒々井町の入る手前に庚申塔がある。その先で、本佐倉城跡の看板を見たので立ち寄ることにした。

丘を下ると、庚申塔がある。

北に向かう田んぼの中を案内板に従って1Kmほど進んだ小高い山のふもとに城の入り口がある。

街道に戻るとまもなく、上本佐倉の交差点に出る。多古街道はここを東に向かうが、北に向かう成田街道に入る。

今日は酒々井駅で終了の予定。

すぐに、酒々井大鷲神社があり、その先に、酒々井一里塚があるはずなのだが、石碑などは確認できない。

酒々井八坂神社、伝説酒々井の井碑、麻賀多神社をみる。駅の手前の下り坂の途中に庚申塔がある。

まもなく京成酒々井駅に到着。(22.3Km 1540

勝田台駅で、愛馬に乗り換え帰路につく。体調はすこぶる良い。気温の変化の影響を改めて感じた。

4. 酒々井〜佐原(1014日 47.4Km  6301130

酒々井から佐原までの残り55Kmの決行日を迷っていたのだが、ランナーの体の疼きに負けられず、

かつ明日の天気予報では、気温も下がり、ジョグには最高の天気となりそうなので(予想では19℃)、

決行することに決めた。

前夜は早めに就寝。

4時起床、愛馬(MRワゴン)で、酒々井駅に向かう。6時半酒々井駅をスタート。

まずは、2Km程先にある前回の上本佐倉交差点に向かい、東へ向かう多古街道に入る。

酒々井総合公園には墨小盛田古墳がある。街道の大部分は国道296号線となる。

立ち寄り場所が少ないので、快調に進む。体調もすこぶる良い。

東関東自動車道を過ぎて、冨里市、芝山町を過ぎると成田国際航空の南側にでる。

7時半過ぎなので、航空機の到着のラッシュ時間と重なり、数分おきに飛来する。

この先のコンビニで軽い朝食をとる。16Km過ぎで多古町に入る。

多古宿場内の多古第1小学校の多古藩陣屋跡、妙印山妙光寺、八坂神社、親社大神を見る(21km地点900)。

ここから香取市佐原までの20Km程は、立ち寄り場所もなく、田舎風景の山間の田園風景の中を進む。

給水も先週よりは少なく、とにかく久々の快適な走りだ。

小高い丘を越えると、伊能忠敬の墓のある観福寺に到着(39Km地点1120)。

境内は観光客でにぎわっている。今日は佐原のお祭りのようだ。

髪と爪が納められている伊能忠敬の墓をお参りして、市街地に向かう。

伊能忠敬が争いごとを収めた八坂神社を見て、伊能忠敬の旧宅へ向かう。

街中は、江戸の雰囲気を残した建物や街並みをきれいに整備している。

街道筋は、出店、祭りの神輿が出ていてにぎわっている(45.7Km 1140)。

旧宅は修繕中で残念ながら見ることができなかった。伊能忠敬記念館でしばし見学と休憩。

実際の日本地図、測量器具、直筆の日記や記録を見て当時の大変さと偉業を実感。

にぎわう街中を抜けて、佐原公園で伊藤忠孝銅像を見る。

駅前のラーメン屋で昼食をとり、佐原駅で成田に向かう(1300)。

 

5. 成田〜酒々井(1014日 7.1Km 14301530

時間の余裕もあり、体調も良いことから、成田から酒々井の成田街道の残り約7Kmを走ることにした。

14時半に成田駅を出発。成田不動尊は以前お参りしたので、今回はパス。酒々井へ向かう。

不動尊旧跡、庚申塔、一本松跡と馬頭観音、

和算家飯嶋武雄の墓をみて、国道51号線に入る。

酒々井町伊篠で国道を一度外れて、街道に入ると地蔵がある。

国道に戻ると直ぐに、成田道伊篠の松並木の碑が立っていて、そこからまた、旧道の街道にはいる。

成田街道の雰囲気が残っているのは、このあたりだけのようだ。

大崎馬頭観音堂、大崎成田山道標を見て、

再び国道に出る。ほどなく、酒々井駅で前回の到達地点に着く(1430)。

 

伊能忠敬の足跡をたどろうと、江戸市中と佐原までを走り、記念館では、

子午線の測量や地図作りの偉業をみることができ、久々の街道めぐりを堪能できた。

ただし、街道は当時の雰囲気を残しておる部分はほとんどないのは、少々残念であった。