101.特集:東海道ジャニーラン(日本橋〜名古屋)

五月の連休を利用して旧東海道をひた走る。

 

○いつかは走ってみたかった旧東海道

これまで、ウルトラの練習かねて、都内の古道や街道を走ってきました。

最初は、家の近くの清戸道(江戸橋〜清瀬市)を皮切りに、鎌倉街道(鎌倉〜高崎、小岩、宇都宮)、石神井・所沢道、長久保道、人見街道阿佐ヶ谷道、川越街道、御成街道(船橋〜東金)、大山道、例幣使街道、、甲州街道(諏訪〜高尾)、中仙道(日本橋〜高崎) を走破。

次第に古道や街道に対する関心も深まってきました。名所旧跡の写真もたくさん集まりました。

今はもう開催されていませんが、年末に、あるグループ主催の東海道五十三次遠足ジャーニーラン大会にいずれ参加したいと考えていました。

日本橋から京都まで約500Kmを6日から7日かけて走ることになるので、そのためには、しっかりとした体作り、練習や装備などが必要だと思います。毎日、80Km前後を1週間続けることに体が持つかどうか心配というより、体がどうなるのか、未知なる恐怖感があります。

これまで、24時間走や12日のジャーニーランを経験してきましたが、24時間以上連続走るよりは、一晩休むことで体の回復を期待しつつ、景色をゆったり楽しむことができるジャーニーランが私の体には向いているような気がしていました。

今回、五月の連休を久々に休みを取ることができたので、まずは日本橋から名古屋(熱田)七里の渡しまで、名所旧跡を訪ねて約380Kmを走ることにしました。この機会を作れたことに家族と職場の皆さんに感謝しています。

 

○計画と準備

完走のための目標を決めました。

@    名所旧跡をカメラ撮影しながら一日概ね70Km前後、12時間目安に走り歩く。約6日間を想定。

 (走行速度 8km/時間、歩行速度 4Km/時間なので、6時間づつ分けても12時間で平均速度は6Km/時間。 12時間×6Km=72Km)

A天気(雨、暑さ)や峠越え(箱根や未知なる峠)での安全第一。

 携帯品は、軽量化(総重量:2.5Kg)

        ランニング用バッグ

        着替え(半そでシャツ1着、ハーフパンツ1着、上下のウインドブレーカ、靴下1足、指なし手袋(防寒用))

        現金、カード類、携帯電話

        洗面用具(歯ブラシ、かみそり)

        ルート地図(枚数があり結構重い。約1.5Kg

B宿泊は、ビジネスホテル&旅館で、当日決定する。

○第1日目 427() 日本橋〜小田原(88.4Km 5:30−18:00)

4時半起床。東西線で日本橋に到着。小雨降る中、530分日本橋を出発。

日曜の早朝の銀座は人通りもなく、静かでカラスだけが目立った。新橋を抜け、国道15号線を品川へ向かう。新八ツ山橋を渡り旧東海道の品川宿に入る(645 8.1Km)。

依然として小雨の中、気温は11℃であるが、半袖ウエアの上に薄いウインドブレーカ、下はハーフパンツで丁度よい。浜川橋(泪橋)、鈴鹿森刑場の大経寺、磐井神社、浜川橋(泪橋)と大森を通過。梅屋敷手前で谷戸閻魔大王、延命地蔵尊。蒲田を過ぎると7時半ころ。朝食は、のり弁当を歩きながら食べる。そろそろすれ違う人も多くなってきた。依然として小雨。六郷神社を過ぎると、多摩川。雨は上がった。ここから神奈川県に入る。六郷橋を渡って、六郷の渡し跡。暑くなってきたので(12)、ウインドブレーカを脱いで半そでになる。(758 19.5Km 

空も明るさが増してきた。川崎市内には、旧東海道の案内が立てられているが、市役所あたりで少々迷子になる。京急本線八丁畷を過ぎて直ぐに地名由来の碑と川崎宿にて天災で亡くなった人の人骨が発掘された案内板がある。鶴見市場には一里塚がある。鶴見川を越えると1859年横浜開港時に作られた鶴見橋関門旧跡がある。寺尾稲荷道の標を通過して、京急鶴見。生麦では、島津藩の行列の前を横切ったイギリス人を殺傷した生麦事件の碑。以前に何度か通過したが、夜半であったため見失っていた(902)。

浦島伝説の慶運寺(浦島寺)に向かうが、国道からの入り口がわからず、近くの工場で道を聞く。高札場を確認して、慶運寺(浦島寺)につく。開港当時はフランス領事館であったようだ。境内には玉手箱が奉納してある。

横浜の環状一号線に入り、保土ヶ谷の金沢横町道標を確認。以前鎌倉街道を走破したときのルートだ。JR線を越えて保土ヶ谷本陣跡(1030 36Km )。

権太坂の手前で庚申塔。坂を抜けると境木立場跡(宿場間の茶屋跡)、良翁院。江戸時代の旅人のように、しばし休憩。焼餅坂を下って庚申塔の見ると、街道の両脇に大きな信濃一里塚が現れた。街道の雰囲気があって気持ちがよい。国道一号線に入り、東海道線沿いに走りながら東戸塚駅の先にある赤関橋、秋葉立体入り口となる(41.7Km)。妙秀寺で境内にある道標を確認。昼食は、コンビニでおにぎりと牛乳で済ませる。今日は小田原まで約90Kmの工程なのでゆっくり休むわけにはいかない。唯一写真を撮るときが休息。戸塚駅を通過。大阪で庚申塔を確認。しばらく行くと原宿一里塚(1221 48.6Km)。

庚申塔、馬頭観音、道祖神を見ながら遊行寺の手前で日本橋から初の松並木が現れた。ここから藤沢市に入る。遊行寺坂を下り、遊行寺。メルシャン藤沢工場の向かいにおしゃれ地蔵。茅ヶ崎市内に入り千ノ川で南湖の左富士。旧相模川橋脚跡、道祖神を見て、相模川の馬入橋を渡る。ここから平塚市内に入る(64.6Km)。

JR平塚駅北側の番町皿屋敷で有名なお菊塚(紅谷公園)、

平塚宿の江戸見附を見る。大磯町駅前で70.3Km。小田原まであと20Km。磯の香りを感じながら大磯城山公園前の道祖神、大磯ロングビーチ付近の国府本郷一里塚を通過(1608 75Km

本日の疲れもピークに達してきた。小田原市内が遠く感じるが、海を見えると気がまぎれる。曇空なので、暑くもなく気持ちがいい。今日の給水は少ないほうだ。押切川を渡ると小田原市。史跡車坂、坂下道祖神を確認して、国府駅を通過。酒匂川手前が84.2Km。酒匂橋で夕日を写す。(1734 88.4Km

小田原宿の碑、小田原城江戸見附の碑を通過し、本日の宿オレンジホテルに到着(1800)。直ぐにシャワーを浴びて洗濯して、洗濯物が乾きやすいように部屋の暖房付けて外出。夕飯は、回転寿司を食べたかったが、隣駅まで行かないとないらしいので、中華店でラーメン餃子半チャーハンとビールで乾杯。夜9時就寝。熟睡。

○第2日目 428() 小田原市富士市(64.9Km 5:30−18:00  合計153.3Km

4時半起床。涼しいうちに箱根越えをしたいので、5時にホテルの開錠を早めていただく。今日は箱根越えなので、朝飯はしっかりとることにした。松屋でカレーを食べていざ出陣(530)

小田原城は何度も行ったので寄らずに街道に入る。足の疲労感が残っており、しばし、歩きを入れながらゆっくり進む。箱根登山鉄道沿いに入り、ローソンでトイレに入り体調整える。ついでに、エネルギー補給としてバナナ2本、ペットボトルの飲料水を調達。山崎のバス停で道を間違えたことに気づく(東風祭から山間を進むのを見落としてしまう。疲れが残っているのか、少々焦り気味なのか残念。)、地元のおばちゃん二人(おそらく箱根温泉の従業員)に、旧道入り口の三枚橋を確認。次回は必ず旧道を走りたい。箱根湯本温泉街の旧坂を、歩きを入れながら上る。旧箱根海道一里塚を確認。一部石畳を歩く。これから登り坂が続くことになる。福寿院、葛原坂、女転し坂の旧道は通行禁止なため、舗装道路を走る。割り石坂、接待茶屋、大澤坂と坂が続く。本陣稲荷屋敷跡で802。(100Km

旧道石畳に到着。すぐに、堂々たる畑宿一里塚。

西海子坂、樫ノ木坂、猿滑坂を経て、箱根旧街道資料館の手前で追込み坂。資料館の裏道をとおり、東坂の石畳に入る。

ところどころに並木が残っていて歴史を感じる。坂がきつくて、歩きが多くなる。 白水坂、天ヶ石坂をやっとのこと越えるとお玉観音に出る。909。(103.9Km 

ここでお玉ヶ池に立ち寄る。関所越えの不幸な歴史を感じながら、権現坂にもどり、ケンペル・バーニーの碑を確認。小芦ノ湖湖畔に出て、賽の河原、身代わり地蔵を見る。芦ノ湖では、遊覧船を三隻写真に取る。葭原久保の一里塚、箱根の杉並木と風情があり空気も気持ちがよい。天気は曇、汗はでないので、走りやすい。のぼりが続いて足が疲れた。箱根の関所に到着。記念写真を撮る(949)。

朝早いので、店を開けたばかりのようだ。観光客も少ない。休憩のため、バナナとソフトクリームを食べる。生き返る。(107.6Km

箱根駅伝の碑を確認して、手前にある仏像群の向坂に入る。歩道を掃除していた親父さんに行き先を尋ねられたので、名古屋まで向かうことを伝えると、驚きと道中安全の激励を受けた。箱根峠まで赤石坂、釜石坂、狭石坂と旧坂を歩いて登ると標高846mの箱根峠に到着(1033 109.8Km)。

ここからは三島市に入る。トイレ休息して、これからは下り坂となると思うと元気が出てきた。さて、今日はどこまで行けるだろうか? 芦ノ湖カントリークラブへ向かう道から、旧道に入る。八ツ手観音像と甲石坂。接待茶屋跡を抜けていく道は雑木林のトンネルになっていて旧道の雰囲気たっぷり。思わず写真に収める。